冨岡会計ブログ(セミナー情報・メディア掲載・税務コラム)

東京オリンピックも終盤

事務所の顧問先様へ「お知らせ」を発行しています。
冒頭の私の雑多な所感を引用します。

お知らせNO.124

令和3年8月5日  税理士 冨岡弘文

オリンピックも終盤です。日本選手の大活躍ぶりは素直に嬉しいものです。
個人的にはさまざまなスポーツに興味があるのでカヌーやホッケー、ハンドボールなど、普段テレビ放送されない競技についても、パソコンでライブ中継を見る事が出来て興味深いです。
好奇心だけはあるのでチャンスがあれば挑戦したいです。

入賞者のインタビューでは、開催してもらえたこと、家族やボランティアへの感謝の言葉が必ずと言っていいほど聞かれます。
また自分自身の取り組みとして競技を楽しんでいる様子が伝わってきて、好感が持てます。
日本のスポーツ文化も成長したなと思います。

一方で、感染拡大は危機的状況であり、オリンピック開催の是非の議論は尾を引いています。
無観客という苦渋の選択は奏功しているはず、惜しかったサッカーの試合など、サポーターの声援があれば勝てたかもなどとつい思ってしまいますが、オリンピックで気が緩んだという声も理解できます。
ただし会場周辺を訪れた家族の映像などがニュースに出ますが、相模大野駅で電車を待つ列に比べ、取り立てて危険度が高いとは思えません。

人間は判りにくい事実よりも解り易い印象によって理解してしまいがち。
政府も国民に危機を訴え自粛協力を求めるなら、首相ひとりに任せるのではなく、危機感とすべきことを強く感情に訴えるCMでも作って欲しいと思います。

それにしても酷暑です。
テニスでは「試合は出来るが自分が死んだら責任を取れるのか」とクレームをした選手がいますが、ごもっとも、アスリート・ファーストが呆れます。

アメリカのテレビ局の言いなりになり下がったオリンピック委員会ですが、選手のため、ボランティアのためにと、世界がアメリカ国民に向かって、今年だけアメフトの時期をずらすようにお願いしたら理解してくれた気がします。
委員会理事と企業経営者の目線が変わると良いのですが。

ところで、私は終戦から15年後に生まれました。
還暦となったわが身には15年前は「ついこの前」の感覚です。
しかし私が子供時代を過ごした日本では既に、戦争は過去の歴史として扱われていた印象です。
「明日のこと」に一生懸命で、辛い過去には構っていられない時代だったのでしょうか。
そんな時代に育てて貰った責任を感じます。

オリンピック開催を決断し、世界の目が日本に向いているこの8月は、広島、長崎への原爆投下の悲劇を見つめて振り返り、平和を願う姿を、世界に向けて訴えるチャンスです。
メディアにはそんな取り組みを期待したいのですが、オリンピック中継以外、相変わらずのバラエティー番組ばかりであまり期待できそうもありません。

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