令和8年7月6日
お知らせ No.178 税理士 冨岡弘文
私が子供の頃はスポーツと言えば野球でした。
父親がジャイアンツファンで、茶の間のテレビは毎晩野球中継。
巨人戦以外を見たことがないので、息子も自動的にジャイアンツファンです。
「巨人の星」に胸を躍らせた世代です。小学校3年生になると、自治会単位にあった少年野球チームに入る子どもが多く、私も毎週励みました。
ポジションはショート。
大会で1度だけホームランを打ち、メダルを貰ったのが思い出です。
当時の日本でサッカーをやる子供は少数派でしたが、私はテレビで見たサッカーに惹かれました。
広いグラウンドを縦横無尽に走るのが楽しかったのだと思います。
5年生になったとき、学校でチームを作りたいと先生に相談しました。当時の先生は面倒見が良く、練習会や試合を手伝ってくれて仲間が増え、そのまま中学ではサッカー部のメンバーになりました。
中学のチームは、市内はもとより県央地区でも無敵でした。
県大会準優勝は誇りですが、実は私は補欠でした。
当時、日曜の夕方に「ダイヤモンドサッカー」という番組があり、海外のサッカー事情を知ることができました。
番組が終わると、プロリーグのスーパープレーに興奮したチームメイトが学校のグラウンドに忍び込み、暗闇の中でテレビの場面を真似したのも楽しい思い出です。
高校は進学校だったので、今度こそレギュラーをと勇んで入部したところ、なんと3年生がインターハイに出場すると知らされ、仰天しました。
旧制中学からの母校の歴史でも、他には無いチームだったのだと思います。
そんな先輩方は卒業するのでレギュラーを目指し、勉強はそっちのけで励みました。
しかし後輩に凄い選手が入部してきて、結局は下積みで終わった3年間です。
しかし体力だけは付きました。
当時のサッカー少年にとって、世界はまさに別世界。
日本がワールドカップに出るなんて思いもよらない状況でした。
Jリーグができ、世界で活躍する選手も増え、今大会の目標を「最高の景色」──すなわち優勝を狙うと胸を張る姿には、もはや感謝しかありません。
次回大会こそ目標達成!
中学のチームメイトには、ワールドカップを見に行くために4年間働くと公言し、実行していた者がいます。
まだ現地で応援したことのない私も、次回は現地で応援したいと、4年間頑張ろうと胸を熱くしています。






